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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)11618号 判決 1969年5月12日

原告 山村鶴一

被告 東京海上火災保険株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金一、八三六円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨。

三、請求の原因

(一)  被告会社は、昭和四一年九月、次のような新株の発行をした。

発行株式数 八、一〇〇万株

発行価額 一株につき五〇円

申込期間 同月八日から同月一九日まで

払込期日 同月三〇日

(二)  原告は、当時、被告会社株式四〇株を有する株主であり、右新株一八株の割当を受けた者であるが、同月一二日、被告会社に対し株式申込書のみを郵送して株式の申込をし、又同月一九日、申込取扱場所である訴外三菱信託銀行大阪支店に株式申込書のみを提出して株式の申込をしたが、いずれもこれを拒否された。又、株金の払込については、原告は、同月二九日、右訴外銀行神戸支店に株式払込金を郵送して払込をしたが、同支店は被告会社と連絡の末、その受領を拒否した。

(三)  以上のとおり、原告は、申込期間内に適法に株式の申込をし、払込期日に適法に払込をしたにもかかわらず、被告会社はいずれもこれを不当に拒否して原告を失権させた。

申込証拠金を添えず、株式申込書のみを提出してなす株式の申込が適法であることは、以下の理由より明らかである。即ち、商法第二八〇条ノ五第四項は、「……新株ノ引受権ヲ有スル者ガ期日迄ニ株式ノ申込ヲ為サザルトキハ其ノ権利ヲ失フ」と規定し、同条ノ七は、「新株ノ引受人ハ払込期日ニ付其ノ発行価額ノ全額ノ払込ヲ為スコトヲ要ス」と規定しているから、新株引受権を有するものは申込期間内に株式申込書によつて株式の申込をなせば足り、払込金額全額に相当する申込証拠金を添える必要はないものというべく、むしろ、株式払込金は払込期日に全額払込むことを要するものというべきである。もし、株式申込の際、払込金額全額の申込証拠金を添えることを要するとすれば、右商法第二八〇条ノ七の規定は全く空文化することとなるのみならず、右のように申込期間中に払込金全額を払込ませることは払込期日の繰上げにも等しく、従つて、その場合は申込期間の末日から払込期日までの間の利息は当然支払うべきであるにもかゝわらず、これを支払わないのであるから、この点においても違法というべきである。そうすると、このように株式申込の際払込金額全額の申込証拠金を添えることを要するとする慣行があるとしても、それは商法の規定に違反する違法なものというべく、又被告会社の取締役会において本件新株発行につき右慣行にそう趣旨の決議をしたとしても無効というべきであるから、申込証拠金を添えずになした原告の前記株式の申込も適法である。

(四)  右払込期日における被告会社株式の株価は一株金一五二円であつたから、原告はその新株引受権を不当に失権させた被告会社の右行為により、一株につき金一〇二円、一八株合計金一、八三六円の損害を受けた。

(五)  よつて、原告は被告に対し、右損害金一、八三六円の支払を求める。

四、請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因第(一)項を認める。

(二)  同第(二)項を認める。

(三)  同第(三)項中、原告がその新株引受権を失権したことを認め、その余を否認する。

本件新株発行において、申込証拠金を添えず株式申込書のみによつて株式の申込をしても、それは適法な申込とはいえず、被告会社においてこれを拒否しても何等違法ではないというべきである。その理由は以下のとおりである。即ち、被告会社は、本件新株発行を決議した昭和四一年四月四日の取締役会において、本件新株の申込方法は申込期間内に申込証拠金一株につき五〇円を添えて申込むこと、右申込証拠金は払込期日に払込金に振替充当するがこれには利息はつけないと定め、原告等新株引受権を有する株主に送付した失権予告付新株式割当通知書にその旨記載してこれを通知した。そして、右のように、新株式申込の際株式払込金額と同額の申込証拠金を提出させ、払込期日に払込金に充当する方法は慣習として古くから行われ、現在既に慣習法として認められるに至つているものであり、被告会社の右取締役会決議もこの慣習ないし慣習法に従つたものでその適法なること明らかである。又、右慣習ないし慣習法自体、以下述べるとおり、何等株主の新株引受権を侵害するものではなく、従つて又、商法等の規定に違反する違法、無効なものでもないというべきである。即ち、現行商法は、株主に固有の新株引受権の付与、発行条件の決定等は原則として一切取締役会の決議に委ねている。従つて、取締役会が株主に新株引受権を与えるにあたり、新株引受権の行使に条件を付することは、その条件の内容が不法なものでなく、かつ、株主に通知される限り許されるものというべきである。そして、本件におけるように株式の申込に際し払込金額と同額の申込証拠金を提供させるというのは、取締役会の決議によつて与えられた新株引受権の行使につき条件を付したものというべく、しかも、その条件の内容は、会社の予定する資金調達の確保、新株発行事務の簡素化、株主の株式払込失念の防止等を目的とするものであつて極めて合理的かつ妥当なものである。又、払込金額に相当する申込証拠金を提供すべき申込期間の末日と払込の効果が発生する払込期日との間に約一〇日間の余裕を設け、その間の利息は支払わないとしていることも、この約一〇日の期間は新株式の引受払込手続を行うため必要最少限度の日数であるから、これをもつて不法ということもできない。従つて、結局、払込金額全額に相当する申込証拠金を添えることを株式申込の条件とした被告会社取締役会の前記決議は適法かつ有効なものというべく、これに違反してなされた原告の株式申込は、申込としての効力を生じないというべきである。

(四)  請求原因第(四)項中、払込期日における被告会社株式の時価が一株金一五二円であつたことを認め、その余を否認する。

五、証拠<省略>

理由

一、請求原因第(一)、(二)項の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、請求原因第(三)項につき判断する。

株主の新株引受権につき定款に定めがなく、又、右新株引受権について株主総会がこれを決する旨の定款の定めもない場合において、取締役会がその決議により株主に新株引受権を与えようとするとき、その新株引受権の行使に条件を付することは、その条件が不法なものでない限り許されるものと解するのが相当である。けだし、右の場合、取締役会は株主に新株引受権を与えないこともできるのであるから、これを与える場合にその行使に条件を付することができるのは当然だからである。

そこで、本件におけるように、株式申込の際払込金額と同額の申込証拠金を添えることを要するとし、かつ申込証拠金には利息を付しないとすることが、新株引受権行使の条件として不法であるか否かにつき検討する。いずれも成立に争いのない乙第二ないし第五七号証(いずれも新株発行目論見書)、同第六〇号証の一、二(調査依頼書及び回答書)、同第六二号証(回答書)、証人柴崎純之介、同樺山満、同笠原誠吾、同石川勝美の各証言によれば、新株発行の場合において、株式申込に際し払込金額と同額の申込証拠金を添えることを要するとする取扱いは、既に明治の末期頃から行われ、現在は少くとも上場会社においては広く慣行として行われているものであり、このような取扱いは、株主の払込失念による失権の防止、失権株の増大による会社の増資目的不達成の防止、新株発行事務の簡素化、殊に新株券発行事務の促進、申込及び払込という株主の二重の手間からの解放等を目的としてなされているものであつて、この取扱いにより株主自身が直接受ける利益及び直接には会社が、間接には新株発行による事業計画の早期達成という会社の利益を通じて株主が受ける利益は、実質的には払込期日の約一〇日前に払込金額全額を支払わねばならない不利益に比べ格段に大きいものであること、及び、その株式が株式市場に上場されている所謂上場会社の場合には全国に散在しかつ極めて多数にのぼる株式申込人の確定、失権株の処理等のため、申込期間の末日と払込期日との間には最少限一〇日前後の期間が必要であることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、株式申込の際払込金額と同額の申込証拠金を添えることを要するものとし、申込期間の末日と払込期日との間に一〇日前後の期間をおいてその間の利息を支払わないとすることは、新株引受権の行使に関する条件として合理的かつ妥当なものというべく、これをもつて不法の条件ということはできないと考える。商法第二八〇条ノ七が、新株の引受人は払込期日に払込金額の全額を払込むべき旨規定していることも右解釈を左右しないというべきである。けだし、同規定は資本充実の原則からおそくとも払込期日には払込金額全額を払込むべしとするものであつて、払込期日前に払込金額全額を提供し、又は提供させることを禁止する趣旨まで含むものとは、到底、解することができないし、又このような場合当然に利息を付すべしとする法律の規定はないからである。

これによつて本件をみるに、成立に争いのない乙第六三号証(定款)によれば、被告会社の定款には新株引受権につき定めている何等の規定もなく、又、新株引受権につき株主総会がこれを決する旨の規定もないことが認められ、成立に争いのない乙第一号証(新株割当通知書)によれば、被告会社の取締役会において株主に新株引受権を与える旨及びその新株引受権行使の条件として株式申込の際払込金額と同額の申込証拠金を添えることを要する旨を定め、これを各株主に通知したことが認められる以上、原告はじめ被告会社の当時の株主は、右取締役会の決議に拘束され、申込証拠金なしに株式の申込をしても申込としての効力は生じないものといわなければならない。そうすると、原告が申込証拠金を添えず株式の申込をしたことは当事者間に争いのないところであるから、原告の右申込は申込としての効力を生じないものというべく、その結果、原告が失権するに至つたとしても、被告会社には、何等、その損害を賠償する義務はないものというべきである。

三、以上の次第であつて、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大西勝也 丸尾武良 宍戸達徳)

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